アムステルダム名物の野外市場・アルバートカイプマーケットの通りに、ひっそりと建つ一軒のカフェがあります。お店の正面はガラス張りになっていて、白いインクでイラストや文字が自由なタッチで描かれています。一見、何の変哲もない喫茶店のように見えますが、実はこのカフェには他にない特徴があります。それは、お店なのに値段表が一切ないということ。今回は、ちょっと変わったこのカフェ「トラスト(TRUST)」をご紹介します。
新しい料金スタイルのカフェ
店内はシンプルで、左側の壁はおしゃれな多彩色のタイルで、もう片方の壁は大きな「Grateful」という文字のキャンバスがあり、その周囲はカフェのお客さんから集められた「私が感謝していること」というテーマのメッセージの書かれたメモ用紙で埋め尽くされています。
入店すると、すぐに店員さんが明るく挨拶をしてくれます。自由に好きな席についてメニュー表を眺めると、他のカフェとの違いにすぐ気づくと思います。冒頭で書いたとおり、メニュー表があっても、値段がどこにも表示されていないんです。
常連客も多いのですが、初めてのお客さんには、カフェスタッフがこのカフェの楽しみ方を簡単に説明してくれます。
「このカフェのメニューには決まった値段がないので、食事が終わった後に、好きな額だけ払ってもらうシステムなんです」
何も知らないで入ってきた人はびっくりして一瞬戸惑った顔をしますが、すぐに緊張がほどけて、メニューを選び始めます。値段が決まっていないだけで、他に特に変わったことはないからです。
「お客さんが値段を決めるなんて、お店として利益が上がらないのではないか」という心配は不要のようです。自分の都合だけ考えて、少ししか支払わないという人もいるかもしれないけれど、美味しければちょっと多めに支払うという人もいるのでしょう。料理を作った人、ウェイターとしてサービスしてくれた人から受け取った気持ちに感謝して、自分がふさわしいと思っただけのお金を渡せるのは、実はとても気持ちがいいことだと、筆者は実際に体験してみて感じました。他の誰から決められるわけでもなく、自主的にお金を使うと、普段の買い物とはどこか違う気持ちになります。
コンセプトは店名のとおり
カフェのキッチンやホールで働くスタッフは基本的にボランティアで、住居や食事などの生活もシェアしているとのことです。「信頼の上に成り立つ」ビジネスモデルを体現するためにこのカフェが生まれたと聞きました。感謝の気持ちをこめて、自分が思った分だけ払えばいいよ、と言われるだけで、不思議な気持ちになります。戸惑いのような、照れのような感情、そして信頼される喜びが沸き起こってきます。
各テーブルには、このカフェの創設者やスタッフの思い、そしてコンセプトが書かれたメッセージがひっそりと置かれています。そっけないほどシンプルな真っ白な紙が四つ折りされていて、中には黒一色でリラックスしたタッチのイラストレーションとメッセージが記されていました。
いわく、「思う分だけ支払いましょう(PAY AS YOU FEEL)」というコンセプトに基づいて、見返りとしての利益を計算せずに、まず相手に気持ちのこもったものを与えることを大切にしているとのことです。
ベジタリアンの豊富なメニュー
メニューも個性的で手のかかったものが並んでいます。内容は主にベジタリアンなので肉料理はないようですが、乳製品や卵は使用されています。定番のコーヒーやお茶だけ注文するのではもったいないくらいです。
例を挙げると、夏にぴったりのルビー色があざやかなハイビスカスアイスティーや、ホウレン草やケール、りんごなどをジューサーにかけたポパイが好きそうなグリーンスムージー「ハルク・スムージー」など。見た目のインパクトに関わらずとても飲みやすくてヘルシーなので、おすすめです。
昼食には、生野菜のサラダやチーズやハムのシンプルなサンドイッチも用意されていました。どれも実際に注文してみると、思ったよりもずっと色鮮やかで、新鮮な素材が使われていて、眼にも美しいメニューばかりです。今日は、焼なすとバジルぺーストのブルスケッタを注文してみました。大き目のブルスケッタが4つ、お皿にきれいに盛られて登場。食べ終わる頃にはすっかりお腹いっぱいになっていました。食事に十分なボリュームです。
のんびりしたい日にぴったり
サービスのスタッフはどの人もフレンドリーで、笑顔で対応してくれます。注文はもちろん英語ですることができます。レストランで働くためのトレーニングを受けている最中のスタッフもいるので、ちょっとたどたどしかったり、食事やドリンクを注文してから実際にテーブルに運ばれてくるまで時間がかかったりすることがあります。その点では、時間のない日には向かないので、お気を付けください。
店舗の奥にあるカウンターの向こうを眺めると、オープンキッチンで楽しそうに働くスタッフたちの姿がありました。
「代金は好きなだけ」という、一風変わったコンセプトのカフェですが、そのアイディアの良しあしにかかわらず、スタッフが笑顔で働いているような雰囲気がよく、リラックスできる快適な空間で、美味しい食事が食べられるというカフェとしての質の高さに惹かれて訪れる人も多いようです。筆者もその一人で、よくカフェタイムに立ち寄って一息ついています。
土曜日の午後4時すぎに来店したところ、お店のスタッフがテーブルにやってきて、「日課の歌の時間なので、よかったら一緒に歌ってください」と小さな歌詞カードを置いていきました。「あなたと知り合えてとても嬉しい」というポジティブな内容の歌をスタッフの数人がたどたどしく歌います。キリスト教の讃美歌を思わせる変わった習慣ですが、別に何を強制されるわけでもないので、カフェとしての居心地の良さは変わりません。歌に参加して声を出した後はどこか開放的な気持ちになるからか、照れの混じった笑顔が店内に溢れます。素敵なひとときでした。
代金の支払いは通常、食後に行います。カウンターの上にある箱に現金を入れてもいいですし、お釣りをもらうこともできますし、デビットカードで自分で金額を入力して支払うこともできます。お客は誰もが例外なく、自分が払いたいと思った分だけのお金を支払います。
美味しい食事や飲み物を楽しみながら、普段とは一味違ったサービスを受ける体験をしてみてはいかがでしょうか。
インフォメーション
名称:カフェトラスト(Cafe TRUST)
住所:Albert Cuypstraat 210, 1073 Amsterdam
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