デン・ハーグの町中に、ちょっと変わったコンセプトの美術館があります。その名も「パノラマメスダフ美術館」。360度のパノラマ絵画が所蔵されているミュージアムとして、国内外で知る人ぞ知る存在の美術館です。私もオランダ人の友人から評判を聞いてからというもの気になっていたので、機会を作って実際に訪ねてみることに決めました。
コンパクトなつくりのミュージアム
デン・ハーグの駅から降りて、駅前から「Statenkwartier」方面行きの16番トラムに乗ると、5分少々で「Mauritskade」という停留所に到着しました。ここから歩いて数分のところに、パノラマメスダフ美術館があります。トラムの進行方向に向かってさらに進み、大きな十字路で左折、さらに1つめの角を左折すると、美術館の建物がある通りに到着します。
ミュージアムの小さな入口へと足を踏み入れると、これまたこじんまりしたチケットカウンターがありました。入場料は、大人が10ユーロ、子ども(4~11歳)が5ユーロで、オランダのミュージアムカードがあれば無料になります。音声ガイドは有料で、1レンタルにつき1ユーロがチケット代とは別にかかります。
さて、チケットを入手したら、リュックサックなどの大きな荷物をチケットカウンター前にあるロッカーに預けて、常設展へと進んでいきます。入口でチケットをチェックしてもらって、自動ドアを開いて進むと、すぐに多数の油彩画が展示されている常設展示室に到着しました。
この美術館は、画家ヘンドリック・ウィレム・メスダフさんの作品と彼のコレクションをメインに所蔵・展示しています。最初の常設展示室には、35歳になって遺産相続で裕福になり、銀行家から画家に転身する機会を得たメスダフさんの風景画がたくさん並んでいます。オランダの当時の風景が、どこか懐かしいような優しいタッチで描かれていると思いました。また、絵に注ぐ情熱を感じられるような、絵画テクニックの試行錯誤が見えるような作品もあると感じました。これらの風景画は、メスダフさんが後に友人たちと手がけた巨大パノラマ絵画の原点でしょう。
このパノラマメスダフ美術館の目玉であるメスダフさんの巨大パノラマ画は、特別室に展示されています。暗い廊下を通り抜け、階段を上がると、そこに広がっていたのは……海でした。
鑑賞者のスペースを360度ぐるりと取り囲むようにして、ただ1点の絵画が円筒状に展示されています。そのサイズは、高さ14メートル、幅120メートルもあると解説文には書かれていました。あまり広くない室内なので、閉塞感があると思えばそれは大間違い。不思議なことに、リラックスして開放感を感じるような空間になっているんです。
そのわけは、画家メスタフさんとその仲間たちが描き切った浜辺の景色がとてもリアルに絵画として再現されているからなのです。
じっと眺めていると、まるで海風が吹き抜けるのが肌で感じられるような、臨場感あふれる鑑賞体験をすることができます。写真で見ると、一瞬、実物なのか絵画なのか見分けがつきませんよね。
オランダ一の巨大絵画
このパノラマ絵画は、オランダで一番大きく、これだけのサイズの絵画としてオリジナルの場所に保存され続けているという点でも非常に珍しく、価値があるものなのだそうです。当然ながら全て手で描かれた油絵で、メスダフさんとその妻、メスダフさんの友人たちによって描かれたのだと知りました。画題は、スヘフェニンゲンの浜辺。この壮大な作品が描かれたのは1881年のことです。今でこそ夏に賑わうオランダ有数のビーチとして有名なスヘフェニンゲンですが、19世紀後半にはまだ小さな漁村があるだけの静かな場所だったようで、そののどかな雰囲気が、絵を通して伝わってきます。
室内には、潮の香り、かもめの鳴き声や波の打ち寄せる音もさりげなく流されていて、五感で海を感じられるような仕掛けが施されていました。
天井を見上げると、大きな天蓋が架かっていたので、鑑賞者が立つスペースは、海小屋の下を想定されて作られているようです。
現実と絵画の境界線がなくなっていくように私たちに感じさせるために、絵画の手前には本物の砂浜と小さな木の椅子、海からの漂流物などが自然に配置されていました。じっと見ないとわからないほどリアルな風景画が2次元と3次元の世界をつなげるという事実を目の当たりにして、筆者は大変驚きました。画家たちのただならぬ情熱にも感銘を受けました。
巨大絵画を実現させる情熱の源
階段を下りて、左手に続く展示室に向かうと、画家メスダフさんの肖像画を見つけました。友人が描いたという一枚の絵から、ちょっと頑固だけれど、アイディアマンのような姿が浮かび上がってきます。胸に秘めた巨大絵画の構想を実現してしまうだけの力が伝わってくるように感じられました。
合わせて、規模は小さいのですが、特別な展覧会も開催されていました。内容は無彩色のデッサンなどの硬派なコレクションでしたが、じっくり鑑賞するのにちょうどいい静かでこじんまりとした展示室が印象的でした。
さらに、展示室を出て廊下を歩いていると、簡易なスコープのような装置で、古い白黒写真を立体的に見せるものが展示されていました。実際にスコープの中を眺めてみると、3Dメガネのように、平面の写真の中の人物や馬などの動物が立体的に浮かび上がってきます。メスダフさんのコレクションの一部でもあるそうで、こんなところからも「リアルで立体的に見える絵画とはなんだろう」というメスダフさんの追求してきた世界を垣間見ることができました。
30分で体験できるアートトリップ
美術館全体を鑑賞するのに必要な時間はだいたい30分程度と短めでした。デン・ハーグには、このパノラマメスダフのほかにも、マウリッツハイス美術館やデン・ハーグ市立博物館など、数々の有名なアートスポットがあるので、合わせて訪問するのにちょうどいいスケール感だと思います。周囲にある博物館・美術館などの観光地と合わせて、ぜひ珍しいパノラマ画を体験しに訪れてみてください。他ではめったにない鑑賞経験ができますよ。
インフォメーション
名称:パノラマメスダフ美術館(Panorama Mesdag)
住所:Zeestraat 65, 2518 AA Den Haag
開館時間:月曜から土曜10:00-17:00、日曜11:00-17:00
公式ウェブサイト(英語版):http://www.panorama-mesdag.nl/english/
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