チューダー時代の残滓、リッチモンド宮殿跡




チューダー時代に栄華を極めたリッチモンド宮殿は現存しないとされています。でも、実はほんの僅かですが、その一部を現在でも見ることができます。テムズ川に臨む「イギリスで一番美しい郊外の街」と呼ばれるリッチモンドを訪れる機会があれば、この宮殿の遺構に立ち寄り、遠いチューダー時代に想いを馳せてみてはいかがでしょう。

 

王国一の豪華絢爛な宮殿

 

Model of Richmond Palace

リッチモンドはかつてはシーンと呼ばれ、そのマナーハウスは14世紀末から代々の王族が好んで居住するようになり、1414年にヘンリー五世により王宮として新築されました。その王宮は1497年に焼失しましたが、当時の当主ヘンリー七世はすぐにその跡地に新たな王宮の建築を始めます。吝嗇で有名だったヘンリー7世ですが、この宮殿には惜しみなく財を注ぎ、即位前の爵位であるリッチモンド伯に因んで王宮をリッチモンド宮殿と名付けます。1501年に完成した宮殿の敷地は4万平米に及び、当時のイギリスで最も壮麗であったと伝えられています。リッチモンド博物館に展示されているミニチュア模型で栄華を極めた宮殿の片鱗を見ることができます。

 

ピューリタン革命で王政と共に破壊される

 

Terracotta fragments

しかし、ピューリタン革命により1649年に国王のチャールズ一世が殺された後、この宮殿は新政府により建築資材として売却するために取り壊され、相次ぐ略奪の後にほぼ更地となってしまいます。リッチモンド博物館には、敷地内で発掘された、かつて宮殿を装飾していた粗陶器盤が展示されており、そのエレガントな姿を思い描けます。これらの欠片を除いて、今では幻と化したと思われているリッチモンド宮殿ですが、その一部は今日でも残っていることはあまり知られていません。

 

住宅地にひっそりと佇むチューダーの城門

 

リッチモンドの賑やかなメインストリートとテムズ川の間に広がるリッチモンドグリーンは、その昔は宮殿の騎乗試合が行われていた場所です。このグリーンの西角付近をグリーンの外側に注目しながら歩くと、堂々としたアーチのあるチューダー様式の城門を発見できます。道路から少し奥まった場所に位置しているので、見逃さないようにご注意ください。これが宮殿の正門で、かつては木製の大きな扉が宮殿を守っていました。このアーチは建築当時のまま保存されており、レプリカですがヘンリー七世の紋章を戴いています。城門の上の部屋は16世紀末の増築で、ほぼオリジナルの姿を残しています。

Palace Gate

Court of Arms

 

堅牢さを窺わせるゲートハウス

 

城門の左手のゲートハウスは、窓や煙突と屋根の一部を除いてほぼ当時のままの姿です。銃眼のある塔の姿から、一方を川、もう一方をゲートハウスで囲まれた、壮麗でありながら王族を保護する堅牢な城であったことが窺われます。

 

王族の衣装戸棚と呼ばれる館

 

ゲートを通り抜けると、すぐ左手に「ワードローブ(衣装戸棚)」と呼ばれる建物があり、その名の通り王族の衣類やシーツ類等を保管する場所でした。窓と扉を除いては当時のままの姿で、異なる色の煉瓦を使った外壁の模様が特徴です。それにしても衣装戸棚でこの規模ですから、当時の王族の贅沢な生活ぶりには驚かされますね。現在では三分割されてテラスハウス形式の住宅になっていますが、2014年にその一軒が売りに出された時のお値段は約7億円。庶民にとっては、たとえ宝くじに当たったとしても、王宮どころか衣装戸棚の三分の一ですら手が出ませんね。その内部がどうなっているのかご興味のある方は、当時の新聞記事の写真をご覧ください。

http://www.telegraph.co.uk/finance/property/luxury-homes/10744402/Inside-Wrens-3m-Wardrobe.html

 

中世のトランペット吹き

 

突き当りにあるお屋敷は「トランペット吹きの家」(Trumpeter’s House )と呼ばれています。1703年にかつての王宮中門跡地に建築された館で王宮の名残はありませんが、実はこのお屋敷の名前は、王宮の中門に置かれていたトランペット吹きの彫像を玄関に設置していたからなのだそう。現在では庭に置かれているので外からその姿を見る事はできませんが、リッチモンド博物館にはそのレプリカが展示されています。ゴシックの特徴であるデフォルメされた姿がユニークですね。尚、この庭は「National Open Garden Scheme」の一環として、例年5月の特定日曜日の一日限定で公開されます。日時や入場料等の詳細は下記のウエッブサイトでご確認ください。

https://www.ngs.org.uk/?bf-garden=11086

Trumpeter statue

 

エリザベス一世と水洗トイレ

 

ヘンリー八世は家臣のトーマス・ウォルジーに寄進させたハンプトンコートを好みましたが、エリザベス一世はリッチモンド宮殿がお気に入りで、全国行脚の旅から戻るとこの宮殿で疲れを癒したそうです。嗅覚が鋭かったと言われる女王のために、世界初の水洗トイレが設置されたのもこの宮殿でした。

 

王や女王も眺めたテムズ川の風景

 

「トランペット吹きの家」から右手の小道を進むと、テラスハウスが並ぶオールドパレスレーンに出ます。ここを左折し、ホワイトスワンというパブの前を通り過ぎると、左手の壁に「この場所にはかつて王宮があり、エドワード三世、ヘンリー七世、エリザベス一世がここで亡くなりました。」と記されたレリーフが設置されています。そして、そのすぐ先にはテムズ川が広がっています。この川沿いの道を川上へ向かって歩きましょう。リッチモンド宮殿はテムズ川に直接面していましたから、当時の王様や女王様もこの川辺を歩き、この道からの風景を眺めていたに違いありません。やんちゃなヘンリー八世は、この川岸で水遊びをしていたかもしれませんね。

Relief

The Thames

 

リッチモンド博物館で宮殿の模型を見学

 

そのまま川沿いの道を進むと、やがてリッチモンドのオールドタウンホールが見えてきます。晴れた日には思い思いに日光浴を楽しむ人々で賑わう川沿いの階段状のテラスの向かって左端から坂を上りましょう。オールドタウンホールの側面にリッチモンド図書館の入り口があります。正面の階段を上がると図書館ですが、更にその横にある階段を上ると、三階にリッチモンド博物館があります。こちらには先にご紹介したリッチモンド宮殿のミニチュア模型の他、宮殿に関した展示コーナーがあります。

 

王宮を飾ったステンドグラス

 

その展示の一つが、こちらのステンドグラスの一部です。リッチモンド宮殿にあったもので、チューダー朝のシンボルである白い牡鹿が確認できます。資材として売却されたか略奪された後、どのような経緯かは不明ですが、ビクトリア時代に赤い色のガラスが組み込まれ現在の形になったのだそうです。中世から今日まで、この白鹿はどこで何を見つめてきたのでしょうか。500年を越える年月を思わずにはいられません。リッチモンド博物館は入場無料ですので、リッチモンドにお出掛けの際はぜひ訪れてみてください。

Museum of Richmond

住所: 2nd Floor, Old Town Hall, Whittaker Avenue, Richmond, TW9 1TP

開館: 火~金11.00~17.00、土11.00-16.00

 

終わりに

 

テムズ川の畔にあるチャーミングな街、リッチモンド。その名の由来となった宮殿は失われてしまいましたが、チューダーの城の面影は今も確かに残っています。城門の手前にある「メイズ・オブ・オナー」ジョージ二世のお妃の侍女達の住居として建築させた建物で、宮殿が失われた後もこの地と王族との関係が続いていたことを示しています。リッチモンドは地下鉄、ナショナルレイル、オーバーランドの三路線の駅がある交通便利な場所。どうぞ一度はこの街を訪れ、チューダー時代の王族に思いを馳せてみてください。なお、これらの建物は、現在は個人の住宅となっています。住民のプライバシーを侵害しないようご注意ください。




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